閉店後、人妻パートの白い靴下に触れた|第3話 「俺の視線を知っていた人妻」

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「白い靴下って、そんなに珍しい?」

香織さんにそう聞かれた日から、俺は彼女の足元を見られなくなった。

正確には、見ないようにしていた。

売り場ですれ違っても、顔だけを見る。

惣菜の商品を棚へ並べに来ても、黒いスリッポンには目を向けない。

休憩時間が重なりそうになれば、わざと数分遅れて休憩室へ入った。

香織さんに嫌われたくなかった。

気味の悪い男だと思われるくらいなら、もう白い靴下を見ないほうがいい。

そう決めたはずだった。

けれど、意識して見ないようにするほど、俺は香織さんの足元を考えてしまった。

黒いスリッポンの中に隠れた、真っ白なリブ靴下。

休憩室の床へ下ろされた両足。

柔らかな生地越しに、ゆっくり動いていたつま先。

そして、扉の前で俺を見つめた香織さんの目。

あの問いが、ただの冗談だったのか。

それとも、本当に俺の視線に気づいていたのか。

答えが分からないまま、三日が過ぎた。

四日目の夕方。

俺が飲料売り場で段ボールを片づけていると、背後から名前を呼ばれた。

「悠真くん」

振り返ると、惣菜部門のエプロンを着けた香織さんが立っていた。

「少し、手伝ってもらってもいい?」

香織さんの足元には、空になった大きな容器が二つ重ねられている。

「これをバックヤードへ戻したいんだけど、私一人だと持ちにくくて」

「分かりました」

俺は容器を持ち上げ、香織さんの後ろを歩いた。

売り場から従業員用の扉を抜ける。

細い通路には、店内放送と冷蔵設備の低い音だけが響いていた。

香織さんの黒いスリッポンが、俺の少し前を進んでいく。

履き口から、真っ白な靴下がのぞいていた。

見ないようにしても、視界へ入ってしまう。

俺は慌てて、抱えている容器へ目を落とした。

バックヤードの棚へ容器を置くと、香織さんが小さく息を吐いた。

「ありがとう。助かったわ」

「いえ」

俺はすぐ売り場へ戻ろうとした。

けれど、香織さんは通路の前から動かなかった。

「悠真くん、この前のこと、気にしてる?」

胸の奥が強く鳴った。

「この前……ですか?」

「休憩室で聞いたこと」

香織さんは俺の顔を見ながら、少し困ったように笑った。

「あれから、私のことを避けてるでしょう?」

「避けてるわけじゃ……」

否定しようとしたが、言葉が続かなかった。

香織さんの穏やかな目を見ていると、嘘をつけなかった。

「すみません」

「どうして謝るの?」

「俺……見てたから」

香織さんは何も言わなかった。

俺は覚悟を決め、続けた。

「香織さんが休憩室で靴を脱いだとき、白い靴下を見てました」

「うん」

「最初に履き替えた日も」

「知ってる」

あまりに静かな返事だった。

俺は顔を上げた。

香織さんは怒っていなかった。

むしろ、俺がその言葉を口にするのを待っていたように見えた。

「知ってたんですか?」

「最初の日から、なんとなく」

香織さんが一歩、俺へ近づいた。

「悠真くん、目をそらすのが少し遅かったから」

恥ずかしさで、顔が熱くなる。

「本当にすみません」

「だから、謝らなくてもいいの」

香織さんの声が、少しだけ柔らかくなった。

「嫌だったら、あの日、悠真くんの前で両方の靴を脱いだりしないでしょう?」

その意味を理解するまで、数秒かかった。

「じゃあ……」

「少しくらいなら、見られても嫌じゃなかった」

香織さんはそう言うと、恥ずかしそうに目を伏せた。

左手の薬指で、細い結婚指輪が光っている。

人妻である香織さんが、夫ではない俺に見られることを意識していた。

その事実が、俺の胸を激しく揺らした。

「家ではね」

香織さんが、ぽつりと言った。

「私がどんな服を着ても、どんな靴下を履いても、誰も気づかないの」

少し寂しそうな笑顔だった。

「だから、悠真くんが見ていることに気づいたとき……驚いたけど、少し嬉しかった」

何と答えればいいのか分からなかった。

ただ、香織さんから目をそらすことだけはできなかった。

「ひとつ、聞いてもいい?」

「はい」

「悠真くんは、白い靴下が好きなの?」

もう、ごまかせなかった。

「好きです」

口にした瞬間、体の奥まで熱くなった。

「香織さんが履いている白い靴下を、いつも見てました」

香織さんの頬が、わずかに赤くなる。

「私が履いているから?」

「それもあります」

「それも?」

「白い靴下そのものも好きです。でも、香織さんが履いていると……もっと気になります」

香織さんは視線を落とした。

黒いスリッポンの履き口から、細いリブ模様が見えている。

「そんなふうに言われたの、初めて」

彼女は右足のかかとを、ほんの少しだけ靴から浮かせた。

白い靴下に包まれたかかとが、黒い履き口の上へ現れる。

俺の目が動いたことを、香織さんは見逃さなかった。

「やっぱり、見るのね」

「すみません」

「また謝った」

香織さんが、声を立てずに笑った。

そのまま右足を靴へ戻す。

「今日も白ですよ」

耳元で秘密を打ち明けるような声だった。

売り場へ続く扉の向こうから、人の話し声が近づいてくる。

香織さんは俺から少し離れ、いつもの仕事中の表情へ戻った。

「そろそろ戻りましょう」

「はい」

香織さんが扉へ手をかける。

だが、開ける直前に振り返った。

「悠真くん。次の金曜日、閉店作業でしょう?」

「そうですけど」

「私もなの」

胸が、もう一度大きく鳴った。

「店長から、バックヤードの片づけを二人でお願いって言われたわ」

「二人で……」

「閉店したあとなら、誰も見ていないから」

香織さんは黒いスリッポンを一度見下ろし、それから俺を見た。

「今度は、そんなに慌てて目をそらさなくてもいいよ」

扉が開く。

香織さんは何事もなかったように、明るい売り場へ戻っていった。

俺だけが薄暗い通路に残される。

次の金曜日。

閉店後、二人きりのバックヤード。

その言葉を考えただけで、心臓の音が止まらなくなった。


次回 第4話「閉店後、二人きりのバックヤード」

香織が自分の視線を嫌がっていなかったと知った悠真。迎えた金曜日、最後の客が帰ったスーパーで、二人は閉店後のバックヤードへ残される。誰もいないことを確かめた香織は、悠真の目の前で黒いスリッポンへ手を伸ばす――。

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※本作品はフィクションです。登場人物はすべて20歳以上です。

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