閉店後、人妻パートの白い靴下に触れた|第15話「夫の前で認めた白い靴下」

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「いるよ、香織」

夫の声が、俺のスマートフォンへ静かに届く。

電話の向こうで、香織さんが息をのんだ。

「どうして、二人が一緒にいるの」

「昨夜、君のスマートフォンから連絡したと言っただろう」

夫はテーブルの上へ視線を落とした。

白い布袋の中には、香織さんが昨日まで履いていた白いリブソックスが入っている。

「悠真君と、話をしていた」

「何を話したの」

「君が話してくれなかったことを、彼に聞いた」

沈黙が流れた。

俺はスマートフォンを耳に当てたまま、夫の顔を見ることができなかった。

「靴下も持っていったの?」

香織さんの声がわずかに強くなる。

夫が白い布袋へ手を置いた。

「持ってきたよ」

「どうして」

「彼が見れば、何か分かると思ったからだ」

「返して」

「誰に?」

夫の問いに、香織さんは答えなかった。

「君に返せばいいのか。それとも、悠真君に渡せばいいのか」

「私のものよ」

「そうだね。だから、君が誰のためにそれを履いていたのか聞いている」

俺の指先に力が入った。

夫は俺から聞いた言葉を、香織さん本人へ確かめようとしている。

「悠真君は、君が自分に見せるため白い靴下を選んだと言っている」

「ご主人、それは」

「君は黙っていてくれ」

夫の低い声に、言葉を止めた。

電話の向こうから、香織さんの小さな呼吸だけが聞こえる。

「本当なのか、香織」

長い沈黙のあと、答えが返ってきた。

「ええ」

夫の表情が固まる。

「本当よ。金曜日は、悠真君が見ると思って白い靴下を選んでいた」

何度も想像した言葉だった。

けれど、夫の目の前で聞くと、喜びより先に胸が痛んだ。

「いつからだ」

夫が尋ねる。

「悠真君が、初めて私の靴下を白くてきれいだと言った次の週から」

香織さんの声は、もう逃げようとしていなかった。

「金曜日の朝になると、何足かベッドの上へ並べたの。短いものと、少し長いもの。無地のものと、リブの入ったもの」

俺は目を閉じた。

まだ俺が店へ向かう前、香織さんは家で一人、白い靴下を選んでいた。

「両足に履いて鏡の前へ立って、スカートやローファーに合うか確かめたわ」

「私が家にいる朝もか?」

「ええ。あなたが隣の部屋にいるときも」

夫の手が、冷めたコーヒーカップの横で固く握られる。

「玄関で結婚指輪を見るたび、やめようと思った。でも、店へ着いて悠真君の顔を見ると、選んできてよかったと思ってしまった」

その告白は、白い靴下に触れたどの夜よりも重かった。

俺だけに向けられていた秘密を、今は夫も聞いている。

「それを履いた足に、彼を触れさせたのか」

「私からお願いしたの」

「香織さん」

「悠真君は黙っていて」

今度は香織さんが俺の言葉を遮った。

「もう、私をかばわないで。私が選んだことなの」

夫は布袋の紐を握ったまま、うつむいている。

「なぜだ」

その声は、今までで一番弱かった。

「私が君を見ていなかったからか」

「見てくれていたわ」

香織さんは静かに答えた。

「毎日働いていることも、家のことをしていることも、あなたはちゃんと見てくれていた」

「それなら、なぜ」

「でも、私はずっと『あなたの妻』だった」

香織さんの声が震える。

「悠真君の前では、ただの香織でいられたの」

夫が目を閉じた。

俺は何も言えなかった。

香織さんが俺に見せていたものは、白い靴下だけではなかった。

妻でも、パート従業員でもない、一人の女としての自分だった。

「私は、君を愛していなかったわけではない」

夫が言う。

「分かっているわ」

「君が隣にいることを、当たり前だと思っていたのかもしれない」

「私も同じよ。あなたなら、何をしても家で待っていてくれると思っていた」

二人の会話を、俺が聞いていてよいのか分からなかった。

通話を切ろうとして、画面へ指を近づける。

「切らないで、悠真君」

香織さんが言った。

「二人に聞いてほしいの」

そのとき、店の入口でチャイムが鳴った。

反射的に顔を向ける。

濃い灰色のカーディガンを羽織った香織さんが立っていた。

紺色のスカート。

黒いローファー。

その履き口から、白いリブソックスが両足にのぞいている。

昨日履いていたものとは別の、きれいな白い靴下だった。

夫も香織さんに気づいた。

「どうしてここへ」

「あなたが家に置いていったメモを見たの」

香織さんは通話を切り、俺たちの席まで歩いてきた。

一歩進むたび、両足の白い靴下がローファーの上で揺れる。

俺の隣にも、夫の隣にも座らなかった。

テーブルの端にある一人用の椅子を引き、二人の間へ腰を下ろす。

「その靴下も、彼に見せるために履いてきたのか」

夫の視線が、香織さんの足元へ落ちる。

香織さんは両足を揃えた。

「今日は違うわ」

「では、なぜ白なんだ」

「私が履きたかったから」

香織さんは夫を見たあと、俺へ視線を移した。

「今日は、どちらのためでもないの」

胸の奥に、鋭い痛みが走った。

けれど、その言葉から目をそらしてはいけないと思った。

香織さんは夫の前にある白い布袋へ手を伸ばした。

「これは返して」

夫はすぐには手を離さなかった。

布袋を挟み、二人の指が触れ合う。

「捨てるのか」

「分からない」

「彼に渡すのか」

「それも、今は決めない」

夫の手から力が抜けた。

香織さんは白い布袋を自分の膝へ置いた。

中から二枚の白い靴下を取り出し、しばらく見つめる。

「これを脱ぎたくなかったのは、悠真君に触れられたからだけじゃない」

香織さんの指が、細いリブ模様をなぞった。

「久しぶりに、自分で何かを選んだ気がしたから」

「私との生活は、君が選んだものではなかったのか」

「選んだわ。だから、簡単に捨てられないの」

香織さんは顔を上げた。

「でも、悠真君と過ごした時間も、なかったことにはできない」

夫と俺は何も言えなかった。

「どちらを選ぶんだ」

夫が尋ねる。

「今、ここで決めるつもりはないわ」

「逃げるのか」

「違う。初めて、自分一人で考えるの」

香織さんは白い靴下を布袋へ戻し、紐を結んだ。

「今夜は家へ帰らない」

夫が椅子から身を乗り出す。

「どこへ行く」

「一人でホテルに泊まるわ」

「送るよ」

「来ないで」

香織さんは夫をまっすぐ見た。

次に俺を見る。

「悠真君も、追いかけないで」

「香織さん」

「今夜だけは、誰の香織にもなりたくないの」

香織さんは立ち上がった。

白い靴下の入った布袋を胸元へ抱える。

黒いローファーの両足が、俺たちから離れていく。

入口の扉が閉じても、夫も俺も動かなかった。

テーブルには、二杯の冷めたコーヒーと、香織さんの触れた跡だけが残っている。

「追いかけたいか」

夫が俺に尋ねた。

「はい」

「私もだ」

けれど、どちらも席を立たなかった。

しばらくして、俺のスマートフォンが一度だけ震えた。

香織さんからのメッセージ。

『白い靴下は、誰のものでもないの』

続けて、もう一通。

『次に会うときは、私が決めたあとです』

既読をつけた直後、香織さんのアカウントはオフラインになった。


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※本作品はフィクションです。登場人物はすべて20歳以上です。

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