閉店後、人妻パートの白い靴下に触れた|第9話「夫を待たせた十秒」

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白い靴下に包まれた両足を抱き締めたまま、俺は心の中で秒数を数えた。

一秒。

香織さんの足から、一日働いたあとの温かさが伝わってくる。

二秒。

柔らかなリブ生地の下で、彼女のつま先がわずかに動いた。

三秒。

店の外では、香織さんの夫が車の中で待っている。

それなのに彼女は、俺の膝を両足で挟んだまま離そうとしなかった。

「悠真君」

香織さんが小さな声で俺の名を呼ぶ。

「はい」

「今だけは、夫のことを考えないで」

「無理です」

俺が答えると、香織さんの表情が曇った。

「ご主人が待っていると思うから、余計に離したくないんです」

香織さんは何も言わなかった。

ただ、白い靴下に包まれた両足へ、ゆっくり力を込めた。

四秒。

五秒。

俺は右足の細い足首を支え、白いリブ生地の上から親指を滑らせた。

香織さんの喉から、かすかな吐息が漏れる。

六秒。

「今夜、この靴下を履いたままご主人の隣に座るんですよね」

「ええ」

「俺に触られたことを隠して?」

香織さんは恥ずかしそうにうなずいた。

七秒。

スマートフォンが、もう一度震えた。

今度はメッセージではなく着信だった。

画面には、夫の名前が表示されている。

それでも香織さんは電話を取らなかった。

八秒。

「出なくていいんですか」

「あと少しだけ」

香織さんの声が震えている。

九秒。

俺は両手で白い靴下の足を包み、そこへ額を寄せた。

香織さんの指先が、俺の髪へ触れる。

十秒。

終わった。

けれど、どちらからもすぐには離れられなかった。

着信音が途切れ、休憩室に静けさが戻る。

「もう行かないと」

香織さんが自分へ言い聞かせるようにつぶやいた。

俺が腕を緩めると、彼女の両足が膝からゆっくり下りていく。

床へ揃えられた白いリブソックスには、俺が触れたために細かな皺ができていた。

香織さんはそれを見つめ、頬を赤くした。

「こんなに乱れてしまったわ」

「俺が直します」

俺は床に膝をついたまま、白い靴下の皺を左右の足首から丁寧に伸ばした。

その上から右のローファーを履かせる。

続いて左足を支え、もう片方のローファーへ入れる。

かかとを収めようと指を添えたとき、香織さんの身体が小さく震えた。

「靴を履かせてもらうだけなのに、おかしいわね」

「何がですか」

「あなたにされると、普通のことじゃなくなってしまうの」

両足のローファーを履き終えると、白い靴下は履き口から少しだけのぞいていた。

数分前まで俺の手の中にあった両足が、何事もなかったように黒い靴の中へ隠されている。

香織さんは立ち上がり、スカートとエプロンを整えた。

いつもの、真面目な人妻パートの姿へ戻っていく。

「変じゃない?」

「大丈夫です。ご主人には分かりません」

「悠真君には分かるのね」

「もちろんです」

香織さんは俺を見つめた。

「この靴下に、あなたが触れたことも?」

「忘れません」

香織さんの唇に、かすかな笑みが浮かぶ。

スマートフォンへ、夫から新しいメッセージが届いた。

『何かあった?』

香織さんは短く返信を打った。

『ごめんなさい。今行きます』

「帰ります」

「はい」

そう答えたのに、俺は扉の前に立つ香織さんから目をそらせなかった。

彼女も取っ手へ手を掛けたまま動かない。

「悠真君」

「何ですか」

「この靴下、家へ着くまで脱がないわ」

「ローファーの中だから、脱げないでしょう」

「そういう意味じゃないの」

香織さんは一度うつむき、白い靴下ののぞく足元を見た。

「夫の隣にいても、今夜はずっと履いている。あなたの手の温度が消えないように」

その言葉を残し、香織さんは休憩室を出ていった。

俺は少し間を空けてから、従業員通路の小窓へ向かった。

店の前に一台の車が止まっている。

運転席から降りた夫が、香織さんの鞄を受け取った。

何かを尋ねられたのだろう。

香織さんは笑顔を作り、夫へ頭を下げている。

やがて夫が助手席の扉を開けた。

香織さんが車へ乗り込む。

黒いローファーの履き口からのぞいた白い靴下が、一瞬だけ街灯に照らされた。

あの白い生地の下には、まだ俺の指の感触が残っている。

そう思った瞬間、胸の奥が苦しくなった。

夫が運転席へ戻り、車が走り出す。

助手席の香織さんが、こちらを見たような気がした。

けれど、暗い車内から俺の姿が見えるはずはなかった。

その夜、十一時を過ぎても眠れなかった。

スマートフォンを手にしたままベッドへ横になっていると、香織さんから写真が届いた。

車の助手席で撮ったらしい。

床には脱いだ黒いローファー。

座席の下で揃えられた両足には、俺が触れた白いリブソックスが履かれている。

写真の端には、ハンドルを握る夫の腕が写っていた。

続けてメッセージが届く。

『足が疲れたと言って、車の中で靴を脱いだの』

俺は写真を拡大した。

白い靴下には、休憩室で触れたときの皺がわずかに残っている。

『隣にご主人がいるのに、こんな写真を撮ったんですか』

しばらく返信はなかった。

送ったことを後悔しているのかもしれない。

やがて、短い文章が届いた。

『悠真君に見てほしかったから』

『ご主人には気づかれませんでしたか』

『運転していたから大丈夫』

そのあとに、もう一通。

『夫に、今日はずいぶん機嫌がいいねって言われたわ』

俺は何と返せばよいのか分からなかった。

『何て答えたんですか』

『仕事がうまくいったからって』

嘘だった。

香織さんは夫の隣で、俺との十秒を隠している。

『本当は?』

俺が送ると、すぐに既読がついた。

『あなたに触れてもらったから』

胸の鼓動が速くなる。

画面の中では、白い靴下の両足が夫のすぐ隣にある。

『まだ、俺の手を覚えていますか』

今度は少し長い間が空いた。

『忘れられない』

その一文を最後に、香織さんからのメッセージは途切れた。

翌朝。

目を覚ますと、深夜一時過ぎに送られた未読のメッセージが残っていた。

『来週の金曜日、夫は泊まりの出張なの』

それだけだった。

けれど、その言葉が何を意味しているのか、俺には分かっていた。


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※本作品はフィクションです。登場人物はすべて20歳以上です。

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