残業後、彼女は白い靴下を脱いだ |第7話「夜に届いた白い靴下」

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『残業後、彼女は白い靴下を脱いだ』第7話

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夜に届いた一枚

真帆が写真を送ったあと、画面には遼からの言葉が残っていた。

『誰にも見せません。二人だけの秘密にします』

白い靴下を履いた両足と、その隣にそろえた黒いパンプス。

たった一枚の写真だった。

けれど真帆には、自分の心まで遼へ送ってしまったように思えた。

真帆はベッドの端に座ったまま、白い靴下のつま先をそっと重ねた。

スマートフォンが再び震える。

『まだ起きていますか?』

『起きています』

『写真を見ていると、今日の階段を思い出します』

昼休みの非常階段。

差し出された遼の手と、そのすぐ手前で止めた自分の足。

あと少し近づけば、白い靴下のつま先が彼の手のひらへ触れていた。

真帆も、あのわずかな隙間を何度も思い出していた。

『本当は、触れたかったですか?』

送信した直後、真帆は自分の大胆さに驚いた。

取り消そうとしたときには、もう既読がついていた。

しばらく返事が来ない。

困らせてしまったのだろうか。

そう思い始めたころ、遼からメッセージが届いた。

『触れたいと思いました』

真帆の胸が大きく鳴った。

続けて、もう一通届く。

『でも、真帆さんの気持ちを置き去りにしたくありません』

真帆は画面を見つめながら、昼間の彼の表情を思い浮かべた。

白い靴下を目の前にしても、遼は手を動かさなかった。

自分の欲望より、真帆の言葉を待ってくれた。

その優しさが嬉しかった。

そして今は、その優しさだけでは少し物足りないと感じ始めている自分がいた。

『明日は、今日よりもう少し近くで見てください』

先ほど送った言葉を、真帆はもう一度打った。

『約束してくれますか?』

『約束します』

短い返事だった。

けれど、その言葉を読んだ途端、白い靴下に包まれた足先まで熱を持ったように感じられた。

『明日も、この白を履いていきます』

『今日の写真と同じ白ですか?』

『はい』

真帆は少し迷ってから、もう一文を加えた。

『写真だけでは分からなかったことを、確かめてください』

送信したあと、真帆はスマートフォンを胸元へ抱いた。

遼からすぐに返事は来なかった。

それでも、画面の向こうで彼が言葉を選んでいることが分かる気がした。

やがて、静かな振動とともにメッセージが届いた。

『明日、真帆さんに確認してから触れます』

真帆は目を閉じた。

触れます、という文字だけで、差し出された彼の手を思い出してしまう。

『おやすみなさい、遼さん』

『おやすみなさい、真帆さん』

会話を終えたあとも、真帆はすぐには白い靴下を脱げなかった。

遼が写真を見ている。

自分の足元を、誰よりも大切なもののように見てくれている。

その想像に包まれながら、真帆は白い靴下のままベッドへ横になった。

眠りにつく直前まで、明日触れるかもしれない彼の手を思い浮かべていた。

昨日より近くで

翌朝、真帆は昨夜と同じ白い靴下を手に取った。

洗いたての柔らかな生地。

履き口の細いリブと、真っ白な中に編み込まれた控えめな模様。

昨日、遼のために選んだ一足だった。

今日は見るだけではない。

そう考えると、足を通す指先がわずかに震えた。

靴下のかかとを合わせ、履き口の高さを丁寧にそろえる。

鏡の前へ立つと、紺色のスカートの下に白い靴下がのぞいていた。

黒いパンプスを履けば、いつもの通勤姿に戻る。

誰が見ても、ごく普通の足元だった。

けれど、その白い生地の内側には、遼との約束が隠されている。

会社へ着くと、遼はすでに席に座っていた。

「おはようございます、水城さん」

「おはようございます、三浦さん」

二人はいつもと変わらない挨拶を交わした。

真帆が自分の席へ向かう途中、遼の視線が一度だけ足元へ向いた。

すぐにスマートフォンが震える。

『昨日の写真と同じ白ですね』

『約束しましたから』

『朝から緊張しています』

その言葉を読み、真帆は思わずほほ笑んだ。

緊張しているのは自分だけではない。

『私もです』

そう返してから、真帆は仕事用の画面を開いた。

午前中は、数字の確認と月末資料の作成に追われた。

遼とは何度か業務の話をしたが、昨夜の約束には触れなかった。

周囲には同僚がいる。

いつもどおりに振る舞わなければならない。

それでも遼がそばへ来るたび、パンプスの中の白い靴下を意識してしまう。

彼の手が触れたら、どんな感覚がするのだろう。

昼休みが近づくころ、真帆は短いメッセージを送った。

『午後三時に、奥の資料室へ来てもらえますか?』

返事はすぐに届いた。

『分かりました』

『先に入って待っています』

『無理はしないでください』

最後まで自分を気遣う遼らしい言葉だった。

真帆は机の下で、白い靴下を履いた足をそっとそろえた。

『無理ではありません。私が来てほしいんです』

午後三時になると、真帆は数冊のファイルを抱えて席を立った。

奥の資料室は、使用頻度の低い書類や古い伝票が保管されている小さな部屋だった。

窓はなく、天井の蛍光灯だけが棚の間を白く照らしている。

真帆は必要なファイルを棚へ戻し、部屋の奥で遼を待った。

やがて扉が静かに開く。

「水城さん、頼まれていた資料を持ってきました」

外へ聞こえても不自然ではないように、遼は仕事の声で言った。

「ありがとうございます。こちらへお願いします」

真帆も同じように答えた。

遼が中へ入り、扉が閉まる。

廊下の音が遠くなった。

二人きりになった途端、真帆は彼の名前を呼んだ。

「遼さん」

「はい」

「昨夜の約束、覚えていますか?」

「忘れるわけがありません」

真帆は資料室の奥に置かれた低い椅子へ腰掛けた。

遼は一歩離れた場所に立っている。

近づいてほしい。

そう思っているのに、真帆の口からはなかなか言葉が出なかった。

代わりに、右足のパンプスへ手を伸ばす。

かかとへ指をかけ、黒い靴をゆっくり脱いだ。

白い靴下に包まれた足が、蛍光灯の下に現れる。

「昨日、写真で見た白です」

遼の声が、いつもより少し低くなった。

「写真と、本物では違いますか?」

「違います」

「どこが?」

「真帆さんが目の前にいることです」

その答えに、真帆は足元へ視線を落とした。

白い靴下のつま先が、恥ずかしそうに小さく動く。

「こちらへ来てください」

遼が静かに近づいた。

真帆の前で膝を曲げ、白い靴下と同じ高さまで目線を下げる。

昨日より、ずっと近い。

真帆は椅子へ座ったまま、右足をわずかに持ち上げた。

遼の手が届く距離だった。

けれど彼は、まだ触れようとしない。

「遼さん」

「はい」

「昨日と同じですね」

「何がですか?」

「こんなに近くにあるのに、触れようとしません」

「真帆さんの言葉を待っています」

遼は真帆の顔を見つめた。

「本当に触れてもいいですか?」

その問いかけに、真帆の胸が高鳴った。

逃げようと思えば、まだ逃げられる。

パンプスを履き直し、資料を手にして部屋を出ればいい。

けれど真帆は、白い靴下を履いた足を彼へ近づけた。

「はい」

声は小さかった。

それでも遼には、はっきり届いていた。

「靴下の上から、少しだけ触れてください」

遼は右手を差し出した。

真帆の足の下へ、ゆっくりと手のひらを近づける。

白い靴下のかかとが、初めて彼の手へ触れた。

柔らかな生地越しに、遼の温かさが伝わってくる。

「温かい……」

真帆の唇から、思わず声がこぼれた。

遼の手は動かなかった。

ただ、真帆の足を落とさないように、そっと支えている。

「嫌ではありませんか?」

「嫌なら、ここへ呼んでいません」

真帆は白い靴下のつま先を伸ばし、遼の手のひらへ静かに重ねた。

昨日まで残っていたわずかな隙間が、完全になくなった。

「もう少しだけ、触れてください」

遼の指が、白い靴下のかかとを優しく包んだ。

強く握ることはしない。

真帆の反応を確かめるように、布地の上をゆっくりとなぞる。

履き口の細いリブから、足首の形に沿って指先が下りていく。

薄い生地越しにその動きを感じ、真帆は椅子の縁へ指をかけた。

「遼さんの手だと、分かります」

「靴下の上からでも?」

「分かります」

遼の親指が、足の甲を一度だけ優しくなぞった。

白い生地がわずかに沈み、その下にある真帆の温度が彼の指へ伝わる。

真帆は足を引かなかった。

それどころか、自分からもう少しだけ彼の手へ預けた。

「写真を送ったとき、こんなことになるとは思っていませんでした」

「後悔していますか?」

「いいえ」

真帆はすぐに答えた。

「写真を送ってよかったと思っています」

「僕も、送ってもらえて嬉しかったです」

「何度、見ましたか?」

遼は少し困ったように笑った。

「数えていません」

「そんなに見たんですか?」

「真帆さんが僕だけに送ってくれた写真ですから」

真帆は恥ずかしさから顔を伏せた。

その拍子に、白い靴下のつま先が遼の胸元へ近づく。

遼は足を支えたまま、真帆を見上げていた。

二人の視線が重なる。

「今、遼さんが触れているのも、私があなたのために選んだ白です」

「はい」

「それを忘れないでください」

「忘れません」

真帆はゆっくりと足を引いた。

遼の手のひらから白い靴下が離れる。

触れていた時間は、ほんの数分だった。

それなのに、離れたあとも彼の手の温かさが残っていた。

真帆がパンプスを履き直そうとすると、遼が床に置かれた靴へ手を伸ばした。

「履かせてもいいですか?」

真帆は驚いて彼を見た。

そして迷ったあと、小さくうなずいた。

遼は黒いパンプスを両手で持ち、白い靴下を履いた真帆の足元へ置いた。

真帆がつま先を入れると、かかとが収まるまで静かに支える。

白い靴下の大部分が、再び黒い靴の中へ隠れた。

「ありがとうございます」

「こちらこそ」

遼が立ち上がる。

向かい合った二人の距離は、足に触れていたときより近かった。

真帆は遼の胸元へ手を伸ばしかけた。

けれど、そのとき廊下から誰かの足音が聞こえた。

二人は同時に一歩離れた。

足音は資料室の前を通り過ぎ、やがて遠ざかっていく。

真帆は胸へ手を当て、小さく息を吐いた。

「そろそろ戻りましょう」

「はい」

遼は持ってきた資料を棚へ置き、先に扉を開けた。

「では、水城さん。こちらの資料で確認をお願いします」

「分かりました。ありがとうございます」

二人は再び、会社の同僚へ戻った。

それでも真帆の右足には、遼の手の温かさが消えずに残っていた。

あなたの手を覚えた白

席へ戻ってからも、真帆は仕事へ集中できなかった。

資料室で起きたことを、何度も思い返してしまう。

遼の手のひらへ、初めて自分の足を預けた。

彼の指が白い靴下の上を優しく動いた。

誰にも知られていない。

けれど、自分の右足だけはすべてを覚えているようだった。

真帆は周囲を確かめ、遼へメッセージを送った。

『まだ、手の温かさが残っています』

少し離れた席で、遼がスマートフォンへ目を落とす。

『僕の手にも、真帆さんの温かさが残っています』

『白い靴下の上からなのに?』

『靴下の上からだからこそ、忘れられません』

真帆は机の下で、右足のつま先を小さく動かした。

『今夜も、写真を送っていいですか?』

遼が驚いたように顔を上げた。

視線が重なり、真帆はすぐに画面へ目を戻す。

『本当に大丈夫ですか?』

『大丈夫です』

『無理をしていませんか?』

真帆は少し考えてから返信した。

『遼さんに見てほしくて送るんです』

『分かりました。大切に見ます』

夕方になると、オフィスにいた人たちが次々と帰り始めた。

真帆と遼は、誰にも気づかれないよう別々の時間に会社を出た。

駅までの道も一緒には歩かなかった。

それでも真帆は、寂しいとは思わなかった。

今夜、二人だけの時間が待っている。

帰宅後、真帆は寝室へ入ると、最初に黒いパンプスを脱いだ。

右足の白い靴下を見つめる。

昼間、遼の手が触れた場所を指先でなぞった。

もちろん、見た目には何も変わっていない。

それでも真帆には、その一足が昨日までとはまったく違うものに感じられた。

ベッドへ腰掛け、スマートフォンのカメラを起動する。

白い靴下を履いた右足だけを少し前へ伸ばし、左足をその後ろへ重ねた。

一枚撮り、画面を確認する。

昨日より近い写真だった。

柔らかな白い生地と、履き口の細い模様まで写っている。

真帆は写真を遼へ送った。

『今日、遼さんが触れた白です』

すぐに既読がついた。

けれど、返事はなかなか届かない。

真帆は白い靴下のつま先を曲げながら、画面を見つめて待った。

やがて、遼からメッセージが届いた。

『触れたときのことを思い出しています』

『どんなことを?』

『僕の手へ、真帆さんから足を預けてくれたことです』

真帆は昼間の自分を思い出した。

確かに、最後は自分から彼の手へ足を重ねていた。

『嫌ではありませんでした』

『それなら安心しました』

『それだけですか?』

『何と答えてほしいんですか?』

真帆は画面を見つめ、少し意地悪な気持ちで文字を打った。

『また触れたいと思ったか、聞きたいです』

遼からの返事は、今度はすぐに届いた。

『思っています』

真帆の胸が熱くなる。

『次は、今日より長く触れてもらいたいです』

送信したあと、白い靴下を履いた足をベッドの上へ引き寄せた。

もう、自分の気持ちを隠すことが難しくなっていた。

遼に見てほしい。

触れてほしい。

そして、白い靴下だけではなく、その内側に隠してきた気持ちにも気づいてほしかった。

『明日は月末の締め作業ですね』

遼から届いた言葉に、真帆は仕事の予定を思い出した。

明日は遅くまで残業になる。

最後まで残る予定なのは、経理担当の真帆と、集計資料を担当する遼だけだった。

『二人だけになると思います』

『はい』

『仕事が終わったあと、少し話を聞いてもらえますか?』

『もちろんです』

真帆はすぐには次の言葉を送れなかった。

何を話したいのか、自分でもまだ整理できていない。

夫がいること。

遼に惹かれていること。

白い靴下を彼のために選ぶ朝を、もう手放したくないと思っていること。

どれも、今まで口にできなかった気持ちだった。

『明日も白い靴下を履いていきます』

『今日と同じ白ですか?』

『いいえ』

真帆は立ち上がり、寝室の引き出しを開けた。

奥にしまっていた、まだ一度も会社へ履いていったことのない白い靴下を取り出す。

今までのものより少し長く、履き口に小さな飾りがついた一足だった。

真帆はそれをベッドの上へ置き、写真を撮った。

そして遼へ送る。

『明日は、この白にします』

『きれいですね』

『まだ履いていないのに分かるんですか?』

『真帆さんが僕に見せるために選んでくれた白だからです』

真帆は新しい白い靴下を両手でそっと包んだ。

『明日の残業が終わったら、近くで見てください』

『約束します』

『今度は、見るだけでは終わらないかもしれません』

送信したあと、真帆は息を止めて画面を見つめた。

遼から返事が届くまでの時間が、ひどく長く感じられる。

やがて、スマートフォンが震えた。

『真帆さんが本当に望んでいることを、明日聞かせてください』

真帆は新しい白い靴下を胸元へ抱いた。

『遼さんも、今まで言えなかったことを聞かせてください』

『分かりました』

明日の夜、最後の残業が終われば、オフィスには二人きりになる。

そのとき自分は、どこまで気持ちを伝えられるのだろう。

真帆はまだ答えを出せずにいた。

ただ一つ分かっているのは、明日の朝も遼のために白い靴下を履くということだった。

そして今度こそ、白い靴下の奥に隠してきた本当の気持ちまで、彼に見つけてほしいと思っていた。


最終話「朝まで言えなかったこと」を読む

月末最後の残業で、誰もいないオフィスに残った真帆と遼。真帆は彼のために選んだ新しい白い靴下を見せ、これまで隠してきた気持ちを打ち明けようとする。夜が深まり、二人の距離がなくなったとき、真帆はついに白い靴下へ手をかけて――。

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※本作品はフィクションです。登場人物はすべて20歳以上です。

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