閉店後、人妻パートの白い靴下に触れた|第10話「夫のいない家で待つ白い靴下」

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金曜日が来るのを、俺は待っていた。

待ってはいけないと思いながら、何度もカレンダーを確認した。

香織さんの夫が、泊まりの出張へ行く日。

朝から何度もスマートフォンを見たが、香織さんから連絡はなかった。

先週の夜に届いた、

『来週の金曜日、夫は泊まりの出張なの』

というメッセージ。

あれが誘いだったのか、それともただ事実を伝えただけだったのか、俺には分からない。

店へ着くと、香織さんはいつもどおり惣菜売り場で働いていた。

白いシャツ。

膝丈の黒いスカート。

黒いローファー。

そして、履き口からのぞく白いリブソックス。

目が合っても、香織さんは何も言わなかった。

それどころか、俺を避けるように視線をそらした。

夫がいない夜のことを意識しているのは、俺だけなのかもしれない。

閉店時間が近づいても、彼女から連絡はなかった。

片づけを終え、従業員通路を歩いていると、背後から声を掛けられた。

「悠真君」

振り返ると、香織さんが立っていた。

エプロンの前で両手を組み、緊張した顔で俺を見ている。

「今日、ご主人は本当にいないんですか」

俺が尋ねると、香織さんは周囲を確認してから小さくうなずいた。

「朝早く出ていったわ。帰るのは明日の夕方」

「それを俺に伝えて、どうするつもりだったんですか」

「分からない」

「分からないまま、一週間も待たせたんですか」

「私も一週間、ずっと考えていたの」

香織さんの足元へ視線を落とす。

両足に履かれた白い靴下は、先週のものとは違う新しいリブソックスだった。

「今日も白ですね」

「朝、何色にするか迷ったの」

「それで白を選んだ?」

「あなたに会うから」

その言葉だけで、一週間押さえていた気持ちがあふれそうになった。

けれど、ここは職場だった。

誰かが通るかもしれない。

俺が一歩近づくと、香織さんはエプロンのポケットから小さな紙を取り出した。

住所が書かれている。

「これは?」

「私の家」

顔を上げると、香織さんの頬が赤くなっていた。

「先に帰って待っているわ」

「本当に行っていいんですか」

「来てほしくなかったら、住所なんて渡さない」

「ご主人と暮らしている家ですよ」

「分かっているわ」

「途中で怖くなっても、もう戻れないかもしれません」

香織さんは唇を結び、しばらく俺を見つめていた。

「それでも、今夜だけは夫の妻じゃなくて、香織でいたいの」

それだけ言うと、香織さんは俺の横を通り過ぎた。

黒いローファーの音が、従業員通路の奥へ遠ざかっていく。

一時間後。

俺は紙に書かれた住所の前に立っていた。

郊外の静かな住宅街にある二階建ての家。

玄関横には、夫の名字が書かれた表札が掛かっている。

香織さんも、その名字を名乗っている。

インターホンを押す指が震えた。

しばらくして、玄関の扉が開いた。

「本当に来たのね」

香織さんが小さく笑った。

仕事着のままだったが、エプロンだけは外している。

玄関の明かりの下で、白いシャツが柔らかく照らされていた。

彼女はもうローファーを脱いでいる。

両足には、仕事中から履いていた白いリブソックス。

「来てはいけなかったですか」

「来なかったら、きっと寂しかった」

香織さんが身体を横へずらす。

「入って」

玄関へ足を踏み入れると、革靴がきれいに並べられていた。

香織さんの夫の靴。

店のバックヤードで握手をした男が、毎朝それを履いて家を出ている。

その隣には、香織さんの黒いローファーが揃えて置かれていた。

俺は靴を脱いだが、廊下へ上がることができなかった。

「どうしたの?」

「ご主人の靴を見たら、急に怖くなりました」

「帰る?」

香織さんの声が不安そうに揺れる。

俺は首を横に振った。

「帰りません」

廊下へ上がると、香織さんが安堵したように息を吐いた。

白い靴下の両足が、俺の前をゆっくり歩いていく。

職場で何度も見つめてきた足。

けれど今、その足が歩いているのは、彼女が夫と暮らす家の廊下だった。

通されたリビングには、二人の生活が残されていた。

並んだマグカップ。

ソファの背へ掛けられた男性用の上着。

棚の上には、香織さんと夫が笑っている写真が飾られている。

俺が写真を見ていることに気づき、香織さんが視線を落とした。

「結婚したばかりの頃よ」

「幸せそうですね」

「幸せだったわ」

「今は違うんですか」

「不幸ではないの。でも、妻でいる時間が長すぎて、自分が女だったことを忘れていたのかもしれない」

香織さんはソファへ腰を下ろした。

両足を揃えると、白いリブソックスの縦模様が足首からつま先まで続いている。

「悠真君に見られるようになって、思い出してしまったの」

「何をですか」

「誰かの視線で、胸が熱くなること」

俺は香織さんの前へ膝をついた。

ここへ来てもよいのか、まだ迷っていた。

それでも、目の前にある白い靴下から視線を離せなかった。

「触れてもいいですか」

「そのために呼んだのよ」

香織さんが右足を持ち上げ、俺の膝へ預けた。

白いリブ生地には、一日働いたあとの温度が残っている。

続いて左足も重ねられる。

俺は両足を下から支えた。

「ご主人のいない家で、こんなことをするんですね」

「夫がいないから、あなたを呼んだの」

「ご主人の写真が、こっちを見ています」

香織さんが棚の写真へ目を向ける。

「見られていると思うと、怖いわ」

「やめますか」

「やめないで」

答えた声には迷いがなかった。

俺は白い靴下に包まれた足首を、両手でゆっくり包み込んだ。

香織さんがソファの背へ身体を預ける。

目を閉じ、唇から細い息を漏らした。

「今日、この靴下を選んでよかった」

「どうしてですか」

「夫がいない夜に、悠真君が触れてくれると思いながら、一日中履いていたから」

「仕事をしている間も、今夜のことを考えていたんですか」

「何度も考えたわ。そのたびに、あなたと目を合わせられなくなったの」

香織さんの白い靴下へ、俺の指先が沈む。

彼女の両足が、俺の手を求めるように少しだけ動いた。

そのとき、テーブルの上に置かれたスマートフォンが震えた。

画面に表示された名前を見て、二人の動きが止まる。

夫からのビデオ通話だった。

「出ないんですか」

「出なかったら、心配するわ」

「俺はどうすれば」

「そこにいて」

香織さんは俺の膝から足を下ろさなかった。

スマートフォンを手に取り、カメラへ映る範囲を確認する。

画面には、香織さんの顔と上半身しか映っていない。

ソファの下にいる俺の姿も、彼女の白い靴下も見えなかった。

香織さんが通話ボタンを押す。

『香織、まだ起きていたのか』

夫の声がリビングに響いた。

「ええ。お帰りなさい。そっちはどう?」

いつもの穏やかな妻の声だった。

けれど画面の外では、白い靴下の両足が俺の膝に載せられている。

『今、ホテルに着いたところだよ。一人で大丈夫か?』

「大丈夫。テレビを見ていたの」

嘘をつきながら、香織さんが俺を見る。

その瞳には恐怖と、それ以上の熱が浮かんでいた。

『何だか顔が赤いな』

夫の言葉に、香織さんの足へ力が入った。

両足が俺の膝を挟む。

「お風呂から出たばかりだから」

『そうか。風邪をひかないようにな』

「あなたも、ゆっくり休んでね」

『明日の夕方には帰るよ』

「待っているわ」

その言葉を聞いた瞬間、胸が痛んだ。

夫を待っている妻。

その妻の白い靴下に、俺は今も触れている。

『じゃあ、おやすみ』

「おやすみなさい」

通話が切れた。

香織さんはスマートフォンをテーブルへ置き、両手で顔を覆った。

「私、最低ね」

「俺も同じです」

「夫に待っていると言いながら、あなたを家へ入れている」

「帰った方がいいですか」

香織さんが顔を上げた。

「帰らないで」

彼女は膝から両足を下ろすと、床にいる俺の前へ身を乗り出した。

「今、夫の声を聞いたのに、それでも悠真君に触れてほしいと思っているの」

「香織さん」

「今夜だけは、悪い妻のままでいさせて」

香織さんの指が俺の頬へ触れた。

俺は立ち上がり、彼女の身体を抱き締めた。

唇が重なる。

最初は確かめるように。

けれど、すぐに一週間分の迷いを奪い合うような口づけへ変わった。

香織さんの腕が俺の背中へ回る。

白い靴下の両足が床を滑り、俺の足へ触れた。

「悠真君」

唇が離れたわずかな隙間で、香織さんが俺の名を呼ぶ。

「今日は、靴下を脱がせないで」

「どうしてですか」

「あなたに見せるために選んだ白だから」

俺は答える代わりに、もう一度彼女を抱き締めた。

夫の写真が置かれたリビングで、俺たちは長い間、互いの体温を確かめ合った。

時計の針が進んでも、香織さんは俺を離そうとしなかった。

白い靴下だけは脱がないまま、二人の影がソファの上で重なった。

どれくらい時間が過ぎたのだろう。

香織さんが俺の胸へ頬を寄せている。

乱れた髪。

少し開いた白いシャツの襟元。

そして、ソファの端からのぞく白いリブソックスの両足。

「ご主人が帰ってきたら、この夜はなかったことにするんですか」

俺が尋ねると、香織さんはすぐには答えなかった。

「できると思う?」

「できないでほしいです」

「私も、もう無理かもしれない」

そのとき、テーブルの上のスマートフォンが再び震えた。

夫からのメッセージだった。

香織さんが画面を開く。

『明日の予定が変わった。朝一番の電車で帰ることになったよ』

二人で時計を見る。

午前零時を過ぎていた。

「朝一番って、何時ですか」

「早ければ、七時には帰ってくる」

香織さんの顔から血の気が引いていく。

リビングには、俺の上着と鞄が置かれている。

玄関には、夫の靴の隣に俺の靴がある。

香織さんの白い靴下には、俺が触れた跡が残っている。

「悠真君」

彼女が俺の腕を強く握った。

「朝まで、あと六時間しかないわ」


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※本作品はフィクションです。登場人物はすべて20歳以上です。

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